オフ会報告 としや
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目次:
1.●はじめに−−−オフ会参加の覚悟を決め、当日を迎えるまで
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1.●はじめに−−−オフ会参加の覚悟を決め、当日を迎えるまで
今まで本格的なケツ叩きの実体験の無かった俺、普段からケツ叩き妄想が増幅していた俺は、いつしか、
「一度の人生、このままケツ叩きの実体験も無しに、妄想だけでずっとすごしていいのか?」と自問するようになった。
しかし、怖い(俺みたいな“なまった体”“まともな体罰被体験なし”にはなおさら)。さて、どうしようかと、 太朗の「オフ会報告」やシゴキ教官殿のhpを拝見して過ごす日々が続いた。
そんなある日、太朗から
> 実は、太朗の40才・不惑の年!の記念の
> 「気合入れ」として(笑)、シゴキ教官さんの
> ところで、ケツ竹刀(またはケツバット)を
> 数本お願いしようかなと思っているのです。
> もし、一列に並んで太朗とともにケツを叩かれても
> いいという面子が集まればなぁ・・・
> と思って、としやさんにも声をかけたかったのです。
と。なんと、間の良い勧誘。
うーん、――― 俺は悩んだ。
・我が“中年太り出っ腹 貧体 貧尻”ではシゴキ教官さんのお眼鏡にかなわないのでは?
・ぶっとばされてケツバン一発も満足に受けられない 痛いだけで堪能どころでないのでは?
って不安が、増幅した。
太朗に俺のそのような情けない不安を吐露したところ、あるときは「大丈夫だぜ!」と不安を取り除く発言をしてくれたり、あるときは「甘ったれるな!」と叱責されながら、 教官殿のケツ叩きオフ会経験者の太朗のアドバイスを得て、一歩ずつオフ会行きの階段を上がり始めていた。
そして、最終的に
1、今後も太朗のhpとの長い付き合いをさせていただく上で、生ケツの痛さを知らないでは発展が無いな。
2、今までの太朗の掲示板等での報告等から、シゴキ教官殿の繰り出す“確かな”ケツ叩きなら、「覚悟を決めて飛び込んでいける」のではないか。
3、俺とシゴキ教官殿初対面で一対一より、前回体験の太朗と一緒の形なら「あいつが耐えるなら俺も」で耐えられるか。
と己の中で納得し、オフ会参加の決心をし、「太朗、俺も参加させてくれ」と返事をした。
ほどなく、太朗から教官殿に相談いただき、日程が決まった。
おお、日がきまってしもたあ。
刻一刻、「ケツどつかれ」デビュー の日が近づいてくる。
ああ、未知の痛さに恐怖が募る。
一週間前「太朗、不安でたまらん」と打ち明けると、太朗から、 「覚悟を決める」と題した、以下の強烈な言葉を頂いた。
(ここに太朗の了解を得て、太朗が俺に頂いた言葉を、皆様にも紹介させていただく)
>
としやへ、
>
> 真の男になるためのケツ叩きの儀式まで約一週間、
> 貴様も徐々に覚悟を決めていることと思う。
>
> 貴様も俺も、一週間後に予科練に入隊し、直後にバッターを
> 初めて味わう訓練生と同じ状況あるって考えると、俺としては、
> なにか胸に熱いもの感じ、ピシッと気合が入る思いだぜ。
>
> 貴様からの直近のメールを読み、貴様がまだ「妄想」の中に
> 浸っているということを感じた。俺も似たようなものだから、
> 心配はいらなし、金曜日まではそれでよい。
>
> しかし、土曜日には、ケツ叩きの「厳しい現実」を思い知らされる
> ことを覚悟せよ。特に、ケツ竹刀、ケツバットともなると、手加減が
> 加えられるとはいえ、大の男も泣くほどの痛さだからな。
>
> 怖くなったか?俺も、正直なところ、怖くないといえばうそになる。
>
> けど、俺や貴様と同年代の運動部員の野郎たちは、
> ケツバットやケツ竹刀の痛さ、つらさ、厳しさを己のケツで以って経験し、
> それを乗り越えることができたのだから、
> 貴様も俺もきっと乗り切れるはずだ。
>
> 俺は、当日、恥を承知で、貴様と教官殿に俺のすべてを晒す覚悟で臨む
> つもりだ。だから、貴様も逃げずに堂々と、教官殿を信じて、
> ケツ叩きの儀式に臨んでもらいたいと思う。よろしく頼む!
>
> 太朗
>
この言葉を頂いて、もはや、迷いはなかった。
俺こそ宜しく頼むぞ! そう返事した。
既に決定していた海軍服、「白短パン コスプレスタイル」という俺好みのケツ叩きのリクエストもした。
そうしてむかえた俺の人生における重要な日―――――。
いろいろさまざまな場面場面が走馬灯のように浮かんでくるが、主なところをケツの余韻が覚めやらぬうちに書き記すことにする。
昭和の中学生が、体育の授業中、罰として教師から体罰(ケツへの仕置き)を受ける形を再現した。 この白短パンは、俺が中学時代穿いていたものとほぼ同じ、
である。
(短パンの画像を見たいヤツは上をクリックしてくれ!モデルは太朗だから、覚悟してクリックしろよ!)
当時の俺たちの教師は、この短パンのケツに容赦なく竹刀や平手を見舞ったものだ。 当時、同じクラスの連中のケツに炸裂する(俺は残念ながら叩かれなかった)光景を思い出しながら、 まずは、教官殿の膝上での平手での短パンへの10連発を受けた。
太朗が先に10連発を受け終わった後、俺が教官殿から呼ばれた。
「よし、つぎ、としやだ。来いっ」
「いちっ」「にっ」と数を数えながら、ケツへ確かな教官殿の手の感覚をかみ締める。
俺はいま確かに罰を受けている。今日これから次から次へと繰り出されるケツ叩きで、 日頃の悪行を徹底的に叩きのめしてください。そんな気分を高揚させるのに非常に適切な序章だった。
平手の次は、
ケツを心持ち後ろに送り、
立って足を肩幅くらいに広げて、
両手を膝の上もしくは万歳のスタイル(ケツ叩き正統派スタイル)
での軽めの道具でのケツ叩きだ。
教官殿から「さあ、どれがいい?」と、叩かれたい道具を選ばせていただいた。 太朗と俺はそれぞれ順にリクエストし、2人とも同じ道具で順にたたかれた。
太朗と並んでの場合もあり、一人ずつ構えてもう一人がシカと応援見学するスタイルもあり
===罰に対するこの仕置きこの痛さを、太朗と俺が一緒に味わっている===
という連帯責任の良い形が実現できた。
・ 指図棒
―――俺のケツに炸裂する一発目、なんとパキーンと折れて先端が飛んでいってしまった(笑)。
ケツはビリリとした痛み。
長○一茂が立教硬式時代、先輩からのケツバットの最中、自分のケツでバットを折ったエピソードを思い出した。
(詳しくは著書「三流」にて)
・ ケツ杓文字
―――この絶妙な味は後述。
・ 男魂棒
―――結構ケツから脳天に響く感じで効く。棒がケツに当たる瞬間、魂を注入していただいたって感じ。う、いってえ!
エッサッサ練習での不始末で、太鼓の撥でケツ叩かれるとこんな痛みかな、
・ 渇入れ棒
―――中学生ぐらいのチ○毛の生えたての悪がきの悪行への仕置きにはちょうどいいケツ叩き道具と思った。
ビチーン ビチーン ケツビリビリ痛む→やがて ほわーん と熱を帯びる。
→おい、渇、お前の名前の入った棒でケツをシバいて頂いたぞ(笑)。
お前もこの味、実体験早くしろ!(笑)
その中でも特に発見は「ケツ杓文字」であった。以下に抜出しで記録する。
太朗がリクエストしてくれた。
パーんといいい音と同時に、ケツたぶ表面系全体にまんべんなく瞬間的に広がる痛みである。 音のよさとともにこれはなかなかいい味わいである。すばらしい発見であった。 尻っぺたの片方をピッチーんと打つ、調度フィットする板の大きさなのも良い。
(俺のケツたぶがでかくて左右両方をカバーできなかったことから そうなっただけ ってか?)
この味わいが忘れられず、ご馳走を頂いて最後教官殿の部屋を去る別れ際の「最後の締めくくり」にこれをリクエストした。
(ケツバット等のケツ肉食い込み系強烈ケツ叩きはもう頂くことができなかったこともあるがーーー)
別の持ち込み短パンを俺は着用。太朗はブリーフ一丁で。
左、右、左、右、左、右 の計6発。嗚呼、派手な音とケツへの衝撃。ケツジーン→ひりひりほかほかいい感じ。野郎が短パン(&ブリーフ)のケツをプリンと突き出し戒めを受ける、なんと哀れで滑稽な姿よ!
いよいよ、人生でケツバットをわがケツに受けるときが来た!(←大げさな奴)
海軍服に身を包んで、先ずは序章。ケツ鳴板で、ケツをウォーミングアップした。
ケツ鳴板は海軍服のケツにバチーンと見舞われると、打たれたケツたぶ一面に張り付くようなヒリヒリした痛みを感じることが出来た。
海軍服の上からケツをなでてみるとちょっと熱を持ってほてった「いい感じ」であった。
そして、いよいよケツバット。
海軍予科練入隊のバッターをモチーフにお受けした。
正統派、罰直受けスタイルである両手を挙げ、ケツを心持ち後ろに突き出す。
一発目、重みを受け止める。ずしんと来る。強烈だーーーーー。
教官殿の手加減か?
しっかり足を踏ん張りケツを緊張させて突き出した為か、「前にぶっ飛ばされる」ような感覚は無い。
それより、己のケツたぶに風を切った重いバットが「襲い掛かり」「埋め込まれていく」といった感覚だろうか。
鋭い痛みではなく、重み、熱さを感じる。
(後で教官殿から伺った話では、ケツバットは「前に振りぬく」のではなく、
「ケツ肉に向けて打ち止めする」ような振り方が、最も衝撃と痛みを与える叩き方だとか)
何とか1発目、2発目、3発目とこなさせていただいたが、
3発目をいただいき「ありがとうございました!」を言い終わると同時に、
ウッと俺の体を襲った3発累積分の激痛!。
激痛が体の芯を通って息が詰まるような感覚ーーー。
無意識のうちに「いたっ」と言葉を発し、そして、上に上げていた両手は、ケツをかばおうとケツ撫でのためにこれも無意識に移動した。
両手はケツたぶの保護に。
ケツだし姿勢からケツ引き姿勢になり、この立ち位置から逃げようとした。
そう、仕置きを受ける者として最も卑劣な、「自主判断でエンド」「退散」である。
嗚呼、スパンキーとして何たる不覚。
すかさず、教官殿に肩をぐいっと持たれ、こっぴどくしかられた。
「こら、普通何発だ、えー? 5発だろ。まだだ。ほら 元の姿勢に戻ってケツ出せ」
ガーン。
ケツも痛いが心はもっと痛む。
そうだ、勝手に終わったらだめなんだ。―――反省した。
そして「申し訳ありません」といい終わるや否や、すばやくケツバット頂戴姿勢に戻る。
そして、残り2発を「クー」といいながらそれでも1発ずつ「ありがとうございます」を忘れずに頂戴した。
俺の終わったあと続いて太朗。苦悶の表情をしながらも5連発 堂々と受けた。俺は自分が3発で音をあげ、逃げようとしたことを恥じ、反省した。
それにひきかえ太朗、お前は立派だぞ。
結果的に無様なところはあったが、5発のケツバットを頂戴できたことは、俺の人生でのひとつの自信となった。
大きい声での「お願いします!」「有難うございました」が言えたこともだ。
2人のスパンキーがいるから、お互い負けじとやることになり、複数だったからこそできた。良かった。太朗、お前が居たおかげだ。ありがとう。
あ、あと、今日の今日まで、散々妄想で、太朗のホームページにケツバンのことを書き散らしていた俺。
当時の昭和の野球部の連中から「体験もしてねーのにえらそうなこと書くんじゃネエ」と陰口を叩かていたかもしれない。
でも、おい、太朗のこのhpを訪れる当時の野球部の連中よ!
今日から、俺もお前らと同じケツバット仲間だ。よろしくな。
六尺での生ケツへの真の気合いれについて、既にケツがほかほかひりひりの頂点であった俺は、なやみになやんだ。
太朗が実に凛々しく男らしくケツを教官殿の前に突き出し6発の左右のケツ竹刀を受け終わった。大声で数を叫ぶ表情は、凛々しかった。
俺は「あとであのとき後悔したと思ってよいのか?」を心の中で思い出し、何とかここで気を振り絞って「一発お願いします」と
俺も決心を決め六尺の生ケツをきゅっと締め、教官殿にケツをさらした。
一発目。何とか受け止められた。打たれた瞬間から一秒ほど間をおいた後、激痛がボワッと沸いて強烈な激痛となってくる。
これがケツ竹刀の味か。クー。目から星が出る
もう充分だ。判りました。ここで終わりにさせていただくか。
いやちょっと冷静に考えよう。
太朗が6発受けたんだ。ここでエンドじゃ男が廃る。
「もう一発お願いします」
今度は教官殿が逆に回った。
右から2発目。
うっ 先ほどと同じ、ビッチーンの後ちょっと経ってから襲い掛かる激痛。
続いて3発目。
ケツの痛点直撃。ほてったケツ肉がもうこれ以上受けつけられない!
「sos」
を出してしまった。「すんません」
――――
太朗の半分の3発で、ギブアップであった。
(教官殿、申し訳ありません。太朗、一緒の数を経験できなかったぜ。お前には負けた。)
事前の累積がなく、ケツ竹刀オンリーならば、別の展開があったかもしれない。
それにしてもケツ竹刀の威力はすごい。
ケツバット等の重み中心系ではない、打たれたあと暫くして襲ってくる強烈な激痛は、奥の深ささえ感じる。
日本男子を鍛えるケツ叩き道具の「横綱」ではないだろうか。
@ 一時間後
俺のケツは、ケツたたきを食らった面が、きれいなピンク色になった。
教官殿よりウエットティッシュを提供していただいた。それでケツを冷やす。
あんなに気持ちよいのか。
太朗は四つんばいになった俺の両ケツたぶにウエットティッシュを優しく置いてくれた。
ありがとよ。「太朗、痛かったな」と声をかける。
お互い、四つんばいで逆向きにならび、太朗が俺のケツ、俺が太朗のケツを横目で眺める形となる。
冷やしているケツを見ているのは妙な気分でもある。
バッターを受けた後、海軍で同期同士でケツ冷やしをやったと以前の太朗のオフ会報告で聞いたが、 昭和の野球部、連帯責任ケツバットを食らった晩の野球部寮でも、これに似たケツ冷やし光景もあったのかもな。
A 2時間後
徒歩で買出し。歩くとケツに響く。
これで自転車のサドルにケツをつけるのは確かにつらいだろう。
昭和の高校球児の多数が経験したケツが痛くて自転車に乗れない→立って自転車に乗る、自転車を引く 労苦を思い出した。
B 翌日朝
打ち身のような見事な痣になっている。 触ると痛い。腰掛けるとき気をつかう。
「何事もなかったように」座る訓練をやってみる。
おそるおそるもうすこし丹念に触ってみる。俺の場合、ケツ肉がたっぷりでたるんでいるのか、打撲傷部分はケツ肉の割と表層に近いところかと。教官殿はケツの肉の状態をよくわかった上で、叩いていただいたんだということを改めて感謝。
俺みたいな肉たっぷりの人間は、教官殿の言うケツ筋訓練を行い、ケツをもう少し鍛えたら、ケツ叩き受容度が高まるのかな? と。
歩いたり、走ったりのとき、少し、ヒッティングポイント(ケツタブの中心)の傷む打撲傷部分がぶよんぶよんと揺れるのがわかる。妙な感じ。
「俺は気合の種をケツに仕込まれたのだ。精神を注入された(仕込まれた)前と後では違う。真の男に一歩であるが近づいた」を実感(かなりおおげさか!?)
冷やした
(注意!!)上にはやられたケツの痣、余韻について克明に書いたが、だからといって、次の日からの日常生活に支障をきたすようなものでは
決してなく、(*)打ち所が悪くて困るのでは などという心配も一切無かった。
(*)強いて言えば、ケツ痣を誰かに見られたら非常に具合の悪い方(俺もそうですがーーー)は、たとえば入浴脱衣時等、お気をつけるのを忘れずに!
教官殿から繰り出されるケツたたきは、一発一発、俺のケツの肉の最も付いた、決まった範囲に、 適切な強さ、痛さで襲い掛かる。
人生の修行中の野郎が、とてつもない厳しい戒めをケツから叩き込んでいただく、 それに最も適した殴り方といえるのではないだろうか。
教官殿は、以前、実際に体罰として学生のケツを叩いてこられた経験をお持ちとか。
俺は教官殿以外の他の人のケツ叩きをまともに受けた体験がないが、打ち所が悪くて怪我をしたり等、ケツたたきの裏の怖さの話は聞く。
その点、教官殿のケツ叩きは、一発一発が確実、丁寧なもので、被打者が安心して己のケツを教官殿にさらして、 ケツたたきを甘んじて受けられる。痛さも存分に味わえる、素晴らしいケツ叩きなのだと感じた。
また、教官殿は、ケツ叩き受容度が最低レベルだったのかもしれない、ケツ叩き最初心者の俺に対しては、 経験者、太朗へ繰り出す一発一発に比べて、俺が気づかない程度に、手加減をしていただいたのではないかと思う。
(俺から教官殿に「太朗より俺のほうが手加減していただいていますよね」と野暮な質問したが、コメントは返ってこなかった)
また、教官殿は「太朗、お前は2度目だから覚悟は大丈夫だな」と問いかけられる等、 俺が次の一打を躊躇しているときには、先ず経験者太朗を指名し、太朗にケツ叩き受けの模範を示させた上で、 俺に連帯責任としての覚悟を決めさせる等、 円滑な運営の面でも非常に良く考えておられた。
今回、俺は太朗の勧誘にまんまとはまり、ひどい目にあった(←おっとミス発言。完全に大嘘っすよ!)
俺は、実体験の覚悟を決めるまで、相当びくびくしていたものの、太朗のリードのおかげで覚悟を決め、当日を迎え、 教官殿の繰り出す華麗なるケツ叩きに身を投じることができ、俺なりのケツ叩き実体験をこなすことが出来た。
教官殿、太朗に心から敬意を表したい。
さて、最後まで俺の体験を読んでくれたケツ叩き未体験のそこの貴兄!
次回は是非太朗や俺とご一緒に連帯責任ケツ叩きを頂戴しに 教官殿の門を叩きませんか?
以上 としやでした!