「男・下田勇実の涙、懐かしの柔道部物語」 by 太朗

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 この物語は、サイトーさんのHPへ寄稿させていただいていた「父子ラグビー物語・番外編」に、としやさんと渇さんからいただいたアイディア「男の連帯感」と「筋トレしごき」を、太朗流に解釈、 加味し書き下ろしたものです。下田勇実の「思い出話」以外の部分は、時間的に、下田のスポーツ第一部に、米原が研修に来て間もない頃を想定しています。

※警告※ 

あなたがこれから読もうとする小説は、フィクションです。

また、これらの小説は、成人向けの「大人の懐かしい思い出話」として書かれたもので、未成年者に対する体罰、暴力、虐待、性的ないたずら(大人が快楽を得る目的で未成年者の尻を叩く行為を含む)、そして、それらに関連するあらゆる行為を、支持・奨励・助長することを意図して書かれたものではありません。

私、タロウは、合法・違法を問わず、かかる未成年者に対する行為のすべてに絶対的に反対します。

一、同窓会

 スポーツ帝都・スポーツ第一部の記者、下田勇実は、久々に仕事を午後7時に切り上げ、国鉄新橋駅へと急いでいた。そのあとを、スポーツ帝都の親会社である帝都政経新聞社から出向研修に来ている新人記者、米原忍が追いかけていた。

「先輩ぁーい!ちょっと待ってくださぁーい!一緒に帰りましょ!先輩も今日は残業ないんですね!」

 米原は、後ろから追いかけてきて、ピッタリと下田の横に寄り添おうとする。米原の声はやけに大きく、やはり新橋駅へと向かおうとしている周りのサラリーマンたちが次々と振り向いて米原と下田のことをチラリと見るのだった。

 下田は、そんな米原を、

「ベタベタスンナよ!男だったら、もっとビシッとしろ、ビシッと!」

と、いつものように叱りつける。

「だって、ボクと先輩、一緒の方向ですよ。地下鉄・銀座線ですよね、先輩!」

と、米原。

 ニヤリと笑って、下田は、

「残念でした!今日は、ちょっと違うんだな!俺は国電、山手線なの!」

といった。

「え!なんかさびいしいなぁ・・・ボクも一緒にいっていいですか?」

「駄目!今夜は飲み会なんだよ!高校時代の柔道部の仲間とな・・・」

「いいなぁ、でも、それじゃ、本当に駄目なんですね・・・」

と、急に声を落とし、寂しそうに下を向く米原だった。

 本当だったら、うるさい先輩よりも、同僚の新人たちとワイワイ騒ぎながら帰るはずの米原。しかし、親会社に勤務するエリートの米原には、「同期」であるはずの記者も、若手の先輩記者たちも、挨拶はするがどこかよそよそしく、誰もが米原とは距離をおいて接している。そんな米原は、帰る時も、独りのことが多く、先輩の下田をみつければ、後を追いかけるようにしてついてくるのだった。

 下田は、急に寂しそうな表情をする米原に、

「一緒に帰れないくらいで、そんなにさびしそうな顔すんなよ・・・お前とは、あした一緒に付き合ってやるからさ!」

と、やさしくフォローしてやる下田だった。

「え!本当ですか!」

と、急に元気な声を上げる米原。まわりの帰宅途中の会社員たちが、またいっせいに振り向く。

「・・・コイツ・・・結構、デカイ声でじゃべるな・・・」

 下田は、そう思い、まわりのサラリーマンたちの視線が急に恥ずかしくなり、顔を赤らめる。そんなことにはお構いなしの米原は、さらにデカイ声で、

「じゃ、先輩!お疲れさまでした!失礼します!」

と、ルンルン気分でスキップを踏みながら、地下鉄銀座線・新橋駅へとつながる階段を降りていくのだった。

「あぁ、お疲れ!」

と言って米原と別れると、下田は、国電の切符売り場へと急ぐのだった。

「アイツ・・・昼飯も一緒!小便も一緒!そのうち、クソまで一緒にしたがるんじゃないか?ったく・・・とんでもないヤツ、押し付けられちゃったよなぁ・・・・『お前が教育係だ!あの若殿のな!』とかいって、巌内のおやっさんも、卑怯だよな・・・俺に全部押し付けてさぁ・・・まあ、親会社から来たやつだから仕方ねぇか・・・もう少しの我慢、我慢・・・」

と思いながら、有楽町までの切符を買う下田だった。先月末、米原が研修生として来て以来、仕事量が倍以上に増え、ついつい愚痴も言いたい気持ちになる下田だった。

 国電山手線に乗り、一駅。国鉄・有楽町駅の日比谷口を出て、下田が向かう先は、あの「十合デパート有楽町店」ビルのちょうど裏手、新有楽町ビル地下一階、すきやき・しゃぶしゃぶの老舗「人形町今全」。そこで、毎年恒例の「都立・城東高校・柔道部・第25期同期OB会」に出席するためであった。

 30代サラリーマンには少し高級な「人形町今全」の個室を借り切って同窓会を開けるのは、同期の中に「人形町今全」に勤めるヤツがいたからだった。

 15分ほど集合時間に遅れた下田は、店一番奥の個室に通された。

「ちィッス!」

と入っていくと、一年ぶりで会う懐かしい面々に、思わず笑みを浮かべる下田だった。

 人数を数えながら、一人一人の顔を確認していく下田。高校時代、下田と苦労をともにした柔道部の同期は10人。すでに集まっていた面子は、8人。下田が九番目だった。

「やっぱ・・・角田のヤツ、来てねぇか・・・」

 少し暗い顔になる下田だった・・・。

 下田が来たのを見て、部屋中から

「勇実!おっせぇぞ!」

と、いっせいに声がかかり、

「ケツ竹刀!」

「ケツ竹刀!」

「ケツ竹刀!」

「ケツ竹刀!」

と、手をパチパチ打ち鳴らしながら、はやし始める同期生たちだった。

  年に一度の同期会に遅刻したヤツは、「ケツ竹刀」というのが、下田たちのお約束だった。竹刀は、そのすきやき料亭に勤める同期に頼んで、店に預かってもらっているのだった。

「やぁ、まいったな、仕事だったんだからさぁ、勘弁してよ・・・」

と言いつつ、なぜかうれしそうな下田だった。

「仕事の話は、なしなし!」

「そうだ!下田!男らしく、さっさとケツを出せ!」

「ケェ〜ツ出せ!」

「ケェ〜ツ出せ!」

「ケェ〜ツ出せ!」

「ケェ〜ツ出せ!」

「ケェ〜ツ出せ!」

と、またまたはやし立てる同期の連中だった。

 三十代、少し腹も出てきた男たちが子供のようにワイワイ騒ぎながら、立ってワイシャツを袖をめくりはじめていた。下田も、早速、背広を脱ぐと、料亭の一番奥のそのかなり広い部屋の隅においてある、予備のテーブルに両手をついた。下田の鍛えられつつも、最近は少し太り気味のその上半身を包む、少し小さめのワイシャツは、はちきれんばかりだった。 そして、やはり、少し小さめになってきた紺のスラックスに包まれたケツは、やはり、はちきれんばかりにパンパンで、何日も取り替えてないのか、ケツの部分は、汚れてテカテカだった。仕事に忙殺される新聞記者にはよくあることだった。

「『着到』が遅れました!ケツ竹刀、お願いします!」

と、下田は、隣の部屋まで聞こえる大声で叫んだ!いつもの同期会初っ端の恒例行事だった。

 下田たちは、まるで昔の若衆宿の若者が、一年に一度の祭りの集まりに遅れた時のように「到着」とはいわず「着到(ちゃくとう)」というのであった。それが、下田たちの柔道部の伝統でもあった。下田の その大声は、調理場にも響き、「おお、始まったなぁ!今年も!」と、角刈りの若い板前たちは、全員ニヤニヤしていた。中には、白の調理場ズボンの股間がビンビンとテントを張っているヤツもいる。

 同期の中島から竹刀を受け取った平山は、ニヤリと笑い、下田のケツに狙いを定めると、

「オッス!平山だ!下田!元気だったかぁ〜?」

と軽く挨拶して、竹刀でも、

パァーーン!!

と一発挨拶をするのだった。もちろん、手加減している、ほどよい刺激のケツ竹刀だった。

「オッス!ありがとうございました!」

と下田のケツ竹刀挨拶感謝の応答。

「オッス!木暮だ!職場をぬけられなかったのか!相変わらず、おめぇは、要領が悪りィぞ!今年も楽しくやろうぜ!」

と、口の悪い木暮らしい挨拶のあと、

パァーーン!!

と、ケツ竹刀の挨拶だった。

パァーーン!!

パァーーン!!

パァーーン!!

パァーーン!!

パァーーン!!

パァーーーーーン!!

と続けざまに、同期八人から軽めのケツ竹刀を受け、ケツがホカホカの下田だった。いつもはいる角田から、遅刻のケツ竹刀を食らえなかったことを、寂しく思う下田だった・・・。

 ケツをさすりながら、空いている一番端の席に座る下田。 すぐに、隣に座っているヤツから、

「さあ、飲め飲め!」

と、グラスを持たされ、そのグラスにビールを豪快に注がれるのだった。下田は、酒があまり強くなかったが、それでも、それを一気に飲み干したのであった。



二、一枚の写真

 やっと、下田が席に着いたのを確認すると、同期の中でもリーダー格で、高校時代は柔道部の主将だった中島が、めずらしく改まった顔で挨拶を始めた。いつもは、大騒ぎでなかなか静かにはならない同期の面々も、中島が言おうとしていることをうすうす推察してか、真剣な表情で聴こうとしていた。

「今回、俺が角田の裁判の弁護人を引き受けることになった。初犯だし、本人も、充分反省しているようだ。たぶん、実刑を食らうことはないと思うが、念のため、俺たち同期OB一同で、減刑嘆願書を提出したいと思う。協力してくれ!」

  全員、一斉に、

「おお!」

の返事。下田たち、第25期同期は、自分たちのことを「鉄の結束の25期」といって自負していた。

「角田は、まだ釈放されていないんだろ?」

「ああ、保釈はまだだ。拘置所にいる。」

「で、本当に大丈夫なのか?」

「ああ・・・たぶんな。俺も精一杯弁護するが、100%保障はできん。」

「もし実刑食らったら、網走番外地に送られるのか?」

「バカ野郎、仁侠映画の見すぎだよ!」

「刑務所に放り込まれたら、刺青の兄ちゃんにケツ掘られんだろ・・・」

「バカ!お前も、任侠映画の見すぎ!」

「バカ!映画にもそんなのねぇ〜よ」

「そ、そうか・・・そうだったかなぁ・・・」

「ふざけるなよ!お前ら本当に角田のこと心配してのか!」

  同期の中で一番喧嘩早い、そして、情にも厚い、杉崎がたしなめた。

「『社会的制裁』をもう充分受けたんだろ・・・あいつ・・・」

「ああ、出版社は懲戒免職になった。」

「あいつ嫁さんいるんだろ・・・」

「ああ・・・娘さんもいて、5歳になるらしい・・・」

「悲惨だよなぁ・・・」

  全員、三十台中盤の働き盛り、家族もいれば、すでに家を持ち住宅ローンを組んでいるものもいる。会社を首になることの深刻さは、身にしみてわかっていた。全員、シ〜ンと静まり返り、下を向いてしまった。

  「罪を憎んで人を憎まず」とは、まさにこのことなのか?見ず知らずの他人が、同じ罪を犯し社会を騒がせていたとすれば、「嫁さんも、子供もいて、なにやってんだ。あんなバカ野郎、一生、刑務所に入ってろ!」で、話は終わっていただろう。しかし、高校時代をともにすごし、つらい柔道部でのしごきにともに耐えてきた同級生のことを思うと、下田たち「鉄の結束の25期」の面々は、同期の角田の刑罰が少しでも軽くなればと願わずにはいられなかった。

  角田は、事件を起こすまで雑誌社に勤めるカメラマンで、数ヶ月前、「取材」と称して、女装して女子トイレに忍び込み、逮捕されたのであった。角田は、警察の取調べで、「雑誌に載せる記事の取材のためで、業務命令だった。」と主張したが、角田の勤めていた出版社はそれを認めず、結局、角田は、わいせつ罪等で起訴され、会社からは懲戒免職となった。

  角田は、高校時代は写真部にも籍を置くほどの写真マニアで、独身時代に撮ったというなにやら怪しげな写真が、家宅捜索で自宅の部屋の隠し戸棚から見つかったことも、角田にとっては不利に働いたようだった。

「おいおい、なんだか湿っぽいぞ!」

  しんみりとしてしまった座をもりたてるように仲間に呼びかけたのは、同期の中では、一番のガッツの持主、柔道部時代はチーム随一のムードメーカであり、副将でもあった、平山一平だった。 それに応えるように中島が声をかけた。

「そうだ、一平の言うとおりだ。一年に一回の集まりだろ!明るく、パッと、やろうぜ!」

「そうだ!」

「そうだ!」

  やっと、例年の同期会の賑やかさがもどってきた。

「あ、そうだ!角田から預かってきたんだ!」

  中島が、いたずらっぽい笑みを浮かべながら、一枚の写真を、シャツの胸ポケットから出してきた。すでに、中島の顔は、お堅い弁護士の顔から、高校時代のやんちゃであるが 、みんなを引っ張るシッカリ者の柔道部・主将の顔に戻っていた。

  中島は、その写真を回すのだった。

「へぇ〜、こんな写真とってあったんだ!」

「懐かしいなぁ!」

「さすが、『写真部』の角田ってとこか?」

「でも見ろよ、この写真!まあ、見事に、横一本、綺麗に「刺青」がついたもんだよな・・・」

「ああ、あの時は痛かったよなぁ、ケツ竹刀・・・」

「岡本先輩だろ!副将の・・・」

「ああ、あの人のケツ竹刀は、腰がしっかり入っていて、情け容赦なかったよな・・・」

「鬼の岡本に、仏の森、だったよな!」

「そうだな!」

 ドッと笑いが起こる。全員、懐かしそうに顔だった。

 下田たちの柔道部では、代々、主将が「仏」、副主将が叱り役で嫌われ者の「鬼」であった。もちろん、後輩たちをシゴくのも、竹刀でケツを殴るのも、高三の副主将の役割だったのだ。

「岡本さん怖かったよなぁ・・・。」

と、しみじみ言う平山。

「バァカ、俺は、一平の方が怖かったぜ!」

  ここでまたドッと笑いが起こる。下田たちが高三の時は、中島が主将、平山が副主将、すなわち、「仏の中島に鬼の平山」体制だったのだ。

「そうだよ!一平、高三の俺たちのケツも、思い切り殴ったらかな!」

「そうだぜ、同期なんだから、少しは手加減してほしかったよ・・・」

  同期の平山から食らったケツ竹刀の恨み節を始めたのは、下田の同期の中では、「不良3人組」の呼び声高い3人のうちの2人、久保健作と佐藤順一。三人組の残る一人は、例の角田だった。


三、自分たちで決めたルール

  下田たちが高校三年の時、後輩たちを締めるため、引退試合も間近の夏休み集中稽古の早朝練習で、「朝練に遅刻したものは、ケツ竹刀3本と下田たち柔道部の名物しごきの一つ『ミンミン蝉』5分間」という「鉄の掟」を決めていた。しかし、その夏休み朝練に最初に遅刻したのは、あろうことか、例の不良3人組みだったのだ。

 都立城東高校、柔道場、午前7時半。

 夏休みも後半のある日。都立城東高校、柔道場、午前7時半。それは、夏休み集中稽古の早朝練習も、そろそろ弛みがでてくる頃だった。

 主将の中島の

「瞑想!」

の声が掛かる。

「ウッス!」

と、柔道部員、約30名の図太い声が、柔道場に響く。

  城東高校柔道部では、練習前と練習後の約一分間、正座して瞑想する。中島に向かい合い、正座して目を瞑り、稽古前に心を落ち着かせる柔道部員たち。

  その年の東京は、残暑が厳しく、朝から、気温は軽く30℃をこえ、すでに全員、額と、スポーツ刈りにした頭には汗が滲んでいた。柔道場の窓はすべて開け放たれ、シ〜ンと静まり返った柔道場に、外から聞こえる蝉の鳴き声だけが響いていた。

「瞑想止め!」

の号令をかけようと、目を開けたまさにその時、中島は、柔道場の入り口から忍び足で入ってくる、久保、佐藤、角田の姿を見つけた。

「アイツら・・・遅刻しやがって・・・後輩に示しがつかんだろうが・・・」

と思い、三人を睨みつける中島。

  中島の鋭い視線に気がついた三人は、中島を拝むような手振りをして、必死に、

「悪い!」

「悪い!」

「悪い!」

と、口だけを動かして謝っていた。

  それを無視するように、「瞑想止め!礼!」の号令をかける中島。それに応え、

「ウッス!お願いします!」

と、道場の畳の上に両手をつき、お互いに挨拶をする柔道部員たち。そして、 挨拶が終わると、全員、準備運動のために立ち上がるのだった。

  何食わぬ顔をして、部員たちの一番後ろにならび、準備運動を始めようとする久保、佐藤、角田の高三同期の柔道部員に、主将中島は、

「久保!佐藤!角田!前に出て来い!」

と、鋭く怒鳴りつけた!

  ふて腐れた顔で、渋々、中島の前に出てきた角田たちに、

「何時だと思ってるんだ!後輩たちは眠いのにちゃんと遅刻せずに来てるんだぞ!高三のくせに、恥ずかしくねぇ〜のか!」

と、主将の中島は、手厳しかった。

「いいじゃん!瞑想に間に合わなかったくらい・・・どうせ2、3分の遅刻じゃねぇ〜か!」

「バカヤロー!1分でも遅刻は遅刻だ!後輩たちの前で、恥ずかしくねぇーのか!」

「・・・・」

「約束は守ってもらうぞ!お前ら3人には遅刻の罰をこれから受けてもらう!」

「チェッ!見逃してくれたっていいじゃんか!」

「俺たち、高三だぜ!最上級生だぞ!」

「だから見逃せないんだ!一平!コイツら3人に遅刻した制裁を加えてくれ!」

「ヨッシャ、任せとけ!」

と、道場の隅に立てかけてあった竹刀を持ち出してくる平山一平副主将。

「チェッ!中島まじめすぎるぜ・・・」

と口を尖らせ、不満げな久保、佐藤、角田の「不良三人組」だった。

「いいか!お前ら、夏の朝練に遅刻したヤツが、どういう罰を受けるか、よぉ〜〜く見ておけ!」

「・・・・・・・」

  いつもは、やさしい主将の荒々しい言葉に、一・二年生の柔道部員は、緊張の面持ちで、固唾を呑んで、ことの成り行きを見守っていた。

「コラァッ!主将に挨拶せんかぁ!」

と、平山の叱責。

「ウ、ウッス!」

と、あわてて返事をする後輩たちだった。

「コラァっ!グズグズ文句言っとらんで、男だったら、黙ってそこに並んでケツを突き出せ!」

 イライラした口調で「鬼の副主将」平山が、竹刀を構え、遅刻した同期の三人に命令した。

「なんだよ!汚ねぇ〜よ・・・・」

と、口では文句をいいつつ、観念したのか、三人は、一列にならんで、平山の方へケツを向け、道衣上着の裾を両手でめくり、ケツを突き出した。

「畜生!」

と、叫びつつも、先輩からケツ竹刀を食らっていた頃を思い出したのか、

「朝練に遅刻して申し訳ありませんでしたァッ!ケツ竹刀!お願いします!」

と、大声で叫ぶ、久保、佐藤、角田の3人だった。

「よぉ〜し!行くぞ!」

と、大声で気合を入れると、平山は、同期の3人のケツへ、容赦することなく、

パァチィ〜〜〜ン!

パァチィ〜〜〜ン!

パァチィ〜〜〜ン!

「ウゥ・・・」

パァチィ〜〜〜ン!

パァチィ〜〜〜ン!

パァチィ〜〜〜ン!

「いっ、痛てぇ!」

パァチィ〜〜〜ン!

パァチィ〜〜〜ン!

パァチィ〜〜〜ン!

「・・・・・」

と、続けざまに三発ずつ朝練に遅刻したペナルティーであるケツ竹刀三本を見舞っていった。

 久保、佐藤、角田は、構えていたものの、あまりに重い衝撃を

ドシン、ドシン、ドシン、

と三発連続で受けると、すぐさま苦しそうに、しゃがみ込むか、両手を畳みの上について四つん這いになり、顔は口一文字に、脳天にまだ響いているケツ竹刀の痛みを味わうしかなかった。ケツは、ジンジン焼けるような熱い痛みに襲われていた。

 いつものこととはいえ、平山副主将の迫力のケツ竹刀に、後輩たちは、絶対に遅刻だけはするまいと、心に誓うのだった。

 もちろん、まだ朝練に遅刻した、久保、佐藤、角田に対する仕置は終わりではなかった。

 日高は、痛そうにうずくまっている三人に、

「ホラ!お前ら!いつまでも休んでんじゃねぇ!早く、その縄に上り、ミンミン蝉になれ!ミンミン蝉5分だ!」

「畜生ォ・・・ケツが痛てぇ・・・」

と、ブツブツ言いつつ、

「ウ、ウゥ〜〜ス・・・・」

と、力なく返事をして、全身の筋トレ用に柔道場の天井から釣り下がっている何本かの縄に、それぞれ上り始める久保、佐藤、角田だった。

 そして、三人が、ほぼ一番上の天井にちかいところまで上ると、仕置執行人、鬼の副主将の平山は、

「ミンミン蝉、5分間始め!」

と、号令をかけた。

 「ミンミン蝉」と聞いて、後輩たちからは、ドッと笑い声がもれる。迫力のケツ竹刀の儀式までの緊張感が解けたのか、後輩たちは、全員ニヤニヤして、必死で縄に掴っている三人の先輩たちを見上げているのだった。

 先輩たちの「ミンミン蝉」の仕置を見物できるなんて!それだけで、眠い目をこすりながら、朝練に出てきたかいがあったと、 やんちゃな後輩たちは、いつもは威張っている先輩たちが仕置を受けるのを見れることにに、ちょっと興奮気味だった。

 下の後輩たちの、そんな視線をまだジンジンと熱いケツに感じてか、それぞれ悔しそうな顔をする久保、佐藤、角田。

 しかし、先輩の意地か、

「朝練に遅刻して申し訳ありませんでした!ミンミン蝉にならせていただきます!」

と、叫ぶと、口々に、

「ミィ〜〜〜ン!ミンミンミン!ミィ〜〜〜ン!」

と、蝉の鳴き声を真似し始めるのだった。筋トレ用の登り縄につかまって、蝉のなぎ声を真似する、柔道部伝統のお仕置きだった。もちろん、「ミンミン蝉」の最中は、筋トレ用登り縄につかまり続けなければならず、いい「筋トレ」にもなるお仕置きだった。そして、耐えることができず、スルリと下に落ちて尻餅でもつけば、竹刀で気合を入れられたおケツに、さらに追加の気合が入るのだ!

 再び、下で見ている柔道部員たちからは、ドッと笑い声があがった。 

 特に、同期の高三部員から、

「全然、似てねぇ〜ぞ!もっと気合入れて鳴け!」

「久保!もっと蝉の気持ちになって鳴け!」

「小便引っかけんなよ!」

「上でシコるんじゃねーぞ!」

と、次々に野次が飛ぶ。

 同期の連中に言われっぱなしの久保、佐藤、角田たちは、悔しさと恥ずかしさで顔を真っ赤にし、「畜生・・・」と心の中で思いながら、そして、半分ヤケになりつつ、

「ミィ〜〜〜ン!ミンミンミン!ミィ〜〜〜ン!」

「ミィ〜〜〜ン!ミンミンミン!ミィ〜〜〜ン!」

「ミィ〜〜〜ン!ミンミンミン!ミィ〜〜〜ン!」

「ミィ〜〜〜ン!ミンミンミン!ミィ〜〜〜ン!」

と、叫ぶのだった。

しばらくすると、縄につかまっているのが苦しくなるが、それに必死で耐え、

「ミィ〜〜〜ン!ミンミンミン!ミィ〜〜〜ン!」

と、叫び続けなければならなかった。

 しかし、いつまでたっても、平山の「止めてよし!」の指示は、かからなかった。長い長い5分間だった。

「まだかよ!」

「5分間にしちゃ長すぎる!」

と思った三人は、

「ミィ〜〜〜ン!ミンミンミン!ミィ〜〜〜ン!」

と叫びつつも、下の方を必死で気にし始めていた。

 それに気が付いた平山は、ニヤリと笑い、ワザとおどけた大声で、

「おっ!俺のストップウォッチ、4分59秒で止まっちまったぜ!故障かよ!やべぇなぁ!」

と言ったのである。

「マジか・・・」

「出たぜ・・・」

「勘弁してよ・・・」

と、信じられないような絶望的な顔をする、ミンミン蝉の三人だった。

 主将の中島は、悪戯っぽい笑みを浮かべ、

「なに!ストップウォッチが、止まっただと!こりゃ、最初からやり直しだな!」

と、三人には無情の宣言を出すのだった。

「ちょっと、勘弁してよ・・・」

「もう勘弁してぇ〜」

と、泣きそうな三人だった。

 平山は、主将のやり直しの宣言を受け、

「よし!三人ともやり直しだ!しかし!どうせやるなら、そろそろ、夏も終わりだ! ツクツクホーシで行け!」

と、三人に命令するのだった。それにドッと受ける後輩たち。

「夏なんかまだ終わっちゃねぇ〜よ・・・・このクソ暑いのによぉ・・・・」

「畜生!ツクツクホーシもだなんて聞いてねぇ〜よ!」

「ブツブツ文句いってねぇ〜で、ツクツクホーシだ!」

と、平山の一喝に、

「ウ、ウィ〜〜〜〜ス・・・・」

と、あきらめた表情で、返事をする久保、佐藤、角田の三人だった。

「よし、お前ら、下で縄を押さえてやれ!」

と、中島が下で面白そうに見物している部員の何人かに命令した。

 笑いを堪えながら、命令を受けた後輩部員たちは、

「ウッス!」

と返事をし、三人がつかまっている三本の縄の下へそれぞれ2人の後輩が行き、縄を引っ張り、ピンと押さえて固定するのだった。

 縄を押さえる後輩たちのスポーツ刈りの頭には、ポタポタと先輩たちの汗が、雨粒のように落ちてきていた。

 もうヤケになっていた三人だった。早く、この仕置が終わってほしかった。

「朝練に遅刻して申し訳ありませんでしたァッ!ツクツクホーシにならせていただきます!」

と叫ぶと、両股をパカァッと開いて、両足裏で太縄をつかみ、

「ツクツクフォーーシ、ツクツクフォーーシ」

と、叫び始めた。さっきまで5分間も縄につかまって、「ミィ〜〜〜ン!ミンミンミン!ミィ〜〜〜ン!」と鳴きつづけ、さすがの「不良3人組」も、もう喉がカラカラだった。

 去り行く夏を惜しんでいるのか、自分たちが後輩たちの前で恥ずかしいお仕置を受けているのが情けないのか、その鳴き真似声は、妙に哀しげだった。

 そして、その鳴きまねにあわせて、三人は、腰とケツを悩ましく上下させ始めるのだった。その卑猥な腰とケツの動きに、再び、ドッと受ける後輩部員たちだった。

  これが、もう一つの柔道部名物、超恥ずかしいお仕置きの「ツクツクホーシ」である。

 「ツクツクホーシ」のお仕置きは、たいてい、夏合宿や、夏の朝練の最後に後輩への気合入れと称してやらされることが多かった。それは、縄につかまり、両腕と、両足裏のみで、5分間、己の全体重を支えなければならない、ツライ筋トレ・シゴキであり、しかも、腰とケツをあやしく上下させながら、「ツクツクフォーーシ、ツクツクフォーーシ」と、叫び続けなければならない恥辱のシゴキでもあった。

 「ツクツクフォーーシ、ツクツクフォーーシ」の鳴き声に合わせるように、できる限りエロく腰とケツを上下にフリフリするパフォーマンスをし、先輩方を満足させなければならない。さもなくば、副主将のストップ・ウォッチは、やはり、4分59秒で故障して止まってしまうのだ!

  久保、佐藤、角田の3人の高三部員も、ケツ竹刀3発と「ミンミン蝉」のあと、やっとホカホカと痒くなってきたケツを悩ましげに上下させながら、

「ツクツクフォーーシ、ツクツクフォーーシ」

と鳴き、後輩たちの前で、この屈辱のペナルティーに耐えるのだった。

ツクツクフォーーシ、ツクツクフォーーシ

ツクツクフォーーシ、ツクツクフォーーシ

ツクツクフォーーシ、ツクツクフォーーシ

ツクツクフォーーシ、ツクツクフォーーシ

「や、やべぇ!またストップ・ウォッチが故障だよ!!」

 もちろん、その夏の朝練では、それ以降、遅刻者は一人もでなかったのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・

「一平のケツ竹刀は、ほんと泣くほど痛かったし・・・」

「当たり前だ!遅刻しても高三だけお咎めなしじゃ、後輩の手前、示しがつかんからな!」

と、平山が言った。

「こいつ、しゃがんでマジで泣いてやんの!」

と、久保のことをからかう木暮。

「うるせぇ〜〜な!お前だって・・・」

「まあ、俺たちの時代は、先輩からいつもケツ殴られて、アザだらけだったよな・・・」

「そうだよなぁ・・・」

「でも、ケツの痣をくらべあったりして、結構、楽しかったじゃんか!」

「そうだよな。もう高校時代には、戻りたくても、戻れねぇ〜もんな。あれは、あれで、俺たちの大切な青春の一ページだったんだよな!」

と、酒を飲み交わしながら、懐かしそうに部活時代の話に花が咲くのであった。

  そうこうしている間に、遅れてその日は末席に座っていた下田にもやっと角田が撮った写真が回ってきた。

  角田を除く9人が、全裸で後ろを向いて、肩を組んで、真っ赤な竹刀の一本線のついたケツを披露している写真であった。

 その写真を見ながら、

「あぁ、この写真、角田はまだ捨てずにとってあったんだな・・・あの時は、みんなには、すまないことしたなぁ・・・」

と、少し胸が痛む思いの下田だった。

「おい!勇実!なにしんみりした顔してんだ!飲め!飲め!」

「そうだ!今夜は、楽しく飲もうぜ!」

と、近くに座っていた同期の連中から、ビールをグラスに並々と注がれる下田だった。

「お、おお!」

と応える下田。下田は、酒はあまり強くなかったが、その並々と注がれたビールを、再び、一気にグッと飲み干した。

 角田の写真に写ったケツ竹刀の痕も鮮やかな柔道部員9人のケツの写真は、下田にとっては、痛恨の思い出であった。しかし、他の連中は、この写真のことで、別に下田を責めているわけでもないし、気をつかっているわけでもないようだった。他の連中にとっては、覚えていたとしても、それはもう数え切れないほど食らったケツ竹刀の思い出のうちの、ほんの一つにすぎないのであった。

 

四、下田、痛恨の思い出

  それは、下田が高校一年の秋、「帝都高校柔道連盟主催、新人部員初陣柔道大会!」、いわゆる新人戦の時であった。

 新人戦において、城東高校柔道部の伝統が一つあった。それは「全員参加」ということであった。

  下田の同期の中で、高校から柔道を始めたのは、下田一人。一人だけの白帯だった。新人団体戦で、下田が足を引っ張るのは明らかだった。できれば出場を遠慮したい下田。しかし、「全員参加」の伝統通り、下田も出場しなければならなかった。

 試合中、監督から

「ハッタリをかましていけや!」

と葉っぱをかけられたものの、効果は全くなし。下田は、あろうことか、自信がなさそうに困ったような顔で、試合に臨んだのであった。

 格技の試合には、剣道で慣れているはずの下田も、その弱気が見事に出て、個人戦でもいいとこなしで、対戦相手に一本勝ちを献上し、団体戦でも、先鋒として豪快な大外刈りで一蹴され 、相手チームを勢い付かせてしまうのだった。

 下田のその弱気が、他の9人にも影響したのか、その年の城東高校・柔道部は、新人団体戦完全敗退であった。

 試合後すぐに、口よりも手が先に出る大沢監督からは、試合に臨む時のその弱気な姿勢を叱責され、下田は、監督のその大きく分厚い掌で、

バァチィ〜ン!バァチィ〜〜ン!

と、往復ビンタを食らったのだった。

 さらに、

「今日、帰ったら、荒れるなぁ・・・」

と、一年生たちの予感は見事的中だった。

 高校へ帰ると、部室でのミーティングもなく、すぐに、「道衣に着替え柔道場へ集合!」と先輩たちの怒鳴り声だった。そして、竹刀を持った高三の先輩たちから、日が暮れるまで、タップリとシゴキを受けたのであった。

 特に、シゴキの最中、下田のケツは、高三の先輩たち竹刀の集中砲火を浴びていた。三年生の中には、勇実を柔道部へ無理やり引っ張り込んだ勇実のすぐ上の兄貴、「小さい兄ちゃん」こと勇武もいたが、勇実をかばってやるような勇武ではなく、積極的にそのシゴキに参加していた。

 もちろん、団体戦に完敗したのは、勇実一人の責任ではない。しかし、勇実は、そのしごきを受けながら、同期の一年生たちに、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。自分のために試合に完敗し、仲間たちがいま先輩たちから受けなくてもいいシゴキを一緒に受けていると思い込んでいた。

 そして、同時に、次男の仕返しが怖くて、次男・勇武の勧誘をきっぱり断わり、本当にやりたかった剣道部に入部する勇気がなかった自分の不甲斐なさを悔いたのである。

 

五、中島の反抗、よし!みんなで手をつなごう!

 そのシゴキの締めとして勇実たちを待っていたものは、やはり、一列にならんでの、竹刀での先輩からの気合入れ、すなわち、ケツ竹刀であった。

 ケツ竹刀の前奏曲、先輩たちの説教では、

「今日の団体戦のあの無様な結果はなんだ!気合が足りん!」

「オッス!」

「特に、下田、なんだ!あの弱気な態度は!今日の負けで、一番責任があるのはお前だ!わかってんのか!」

「オ、オッス!」

「そうだ!お前が、伝統ある城東高・柔道部の歴史に汚点を残したんだ!」

「オ、オッス!」

と、先輩たちから言葉の集中砲火を浴びる下田だった。真っ赤な顔で、じっと耐えるしかない下田だった。

 先輩たちの、言葉責めの前奏曲が終わると、いよいよメインイベントのケツ竹刀だった。

 回れ右をして、万歳の格好をして、上体をすこし傾け、ケツを後ろへ突き出す、下田たち一年生十人だった。

「いいか!悔しかったら、ケツ竹刀くらい男らしく受けて見ろ!」

「そうだ!一人でもぶっ飛ばされたら、承知せんからな!」

 高校の先輩の「ケツ竹刀」は、中学の時に比べて、段違いに強力だった。特に、副将の岡本先輩は、180cm、130kgの柔道部一の巨漢だった。岡本先輩の強力なケツ竹刀に、下田たち一年生は、いままで、いつも、ぶっ飛ばされていたのだった。

 先輩たちの言葉に、カッときたのか、同期の中で一番喧嘩早い杉崎が、

「ケツ竹刀お願いします!俺たち絶対ぶっ飛ばされません!」

と、宣言してしまった。

「生意気なこと言いやがって!」

と怒鳴ると、鬼の副主将である岡本が、竹刀を構えた。

 その時、端から二番目に並びケツを出していた一年生の中島が、同期に向かって、

「お前ら!手をつなごうぜ!」

と、先輩に反抗するかのようにいい、両隣でケツを出していた杉崎と平山の手をグッとにぎってくるのだった。

 最初は驚いた杉崎と平山だったが、実際に手を握られて、中島の言っている意味がわかり、

「おお!」

とそれに応えると、隣のいる平山は隣のヤツの手をグッと握ったのだった。

  隣そして隣とそれは伝わり、一年生全員が、上に挙げている隣のヤツの両手を握って、「全員手をつないで万歳」状態で、少し上体を前に傾け、ケツを後ろに突き出し、竹刀が飛んでくるのを待つのであった。

  両足はできるだけ広げ、お互いの足の小指がくっつくようにして、一人ではない、仲間で一緒に制裁を食らうんだということを確かめ合った。

 先輩たちへの「俺たち絶対にぶっ飛ばされません!」というメッセージでもあったのだ。

 それを見た、副主将の岡本は、

「生意気なことしやがって!」

と、真っ赤な顔で怒鳴った。

 しかし、主将の森は、

「構わん!放っておけ、岡本!」

といい、ニヤリと笑うのだった。

「よし!こうなったら一切、手加減せんからな!」

「オッス!ケツ竹刀お願いしまァすゥッ!」

と、ケツを出している一年生十人は、先輩に負けないように、声をそろえて叫ぶのだった。

 岡本は、竹刀を両手で握ると、それを振り上げ、

「よぅし!行くぞ!」

と叫ぶと、腰を入れて思い切り、後輩のケツに一発目を見舞った。

パチィ〜〜〜〜〜ン!

と、一番端にいた杉崎のケツに、岡本先輩の竹刀が強襲した。杉崎は、どうにかぶっ飛ばされずに持ちこたえたようだった。

 手を握っているために、いつものケツ竹刀より、並ぶ間隔は狭まっていた。そのためか、

「ウゥ・・・・」

という杉崎のうめき声が、杉崎の隣の中島にははっきりと聞き取れた。、岡本先輩は、自分たちの生意気な言動に相当怒っている。いままでより、数倍は厳しい、超ど級のケツ竹刀であることは間違えなかった。

 そして、中島は、杉崎がギュと自分の右手を握るのを感じた。

「相当キツイが、俺は大丈夫だ!負けんなよ!」

という杉崎からのメッセージだった。

 杉崎の左手をギュッと握りかえす中島。

「サンキュ!絶対に負けないぜ!」

のメッセージだった。次は中島の番だった。

パチィ〜〜〜〜〜ン!

という音が、自分の後ろでなったかと思うと、後ろから押されるような重い衝撃を受け、両足をグッと踏ん張る中島だった。

 ケツから焼けるような痛みが、中島の脳天へ伝わってきた。そして、ケツは、何かが張り付いたように重く燃えるようだった。

 ケツの痛みで、思わず叫びたくなるような中島だった。

「ヒェ〜〜〜、今日のは、半端じゃねぇ!」

と思った。

 そして、中島は、自分の左手で、隣の平山の右手を、グッと握った!

「俺は大丈夫だ!負けんなよ!」と。

平山も、グッと握り返してきた。

「サンキュ!絶対に負けないぜ!」の応答だった。

 ほどなく、平山のケツを、岡本先輩の竹刀が強襲する音が、柔道場に鳴り響いた。

パチィ〜〜〜〜〜ン!

 岡本先輩の竹刀の重い衝撃に、平山が前につんのめりそうになるのを必死で耐えているのが中島にもわかった。再びグッと手を握ってやり、仲間に力を貸してやる中島だった。

「絶対に、ぶっ飛ばされない!一人でもぶっ飛ばされたら、俺たちの負けだ。先輩たちのしごきに結束して耐えてやるんだ!」

と、平山の手を握る中島の左手にさらに力が入るのであった。

 そして、

パチィ〜〜〜〜〜ン!

パチィ〜〜〜〜〜ン!

パチィ〜〜〜〜〜ン!

パチィ〜〜〜〜〜ン!

パチィ〜〜〜〜〜ン!

と、岡本先輩の竹刀が、次々と下田たち一年生のケツを、ぶん殴っていった。

 そして、それと同時に、お互いの手をギュッと握り合う、下田たちの結束と連帯感が、列の端から端へと伝わっていったのだった。

 下田は、杉崎とちょうど反対の、もう一方の列の端にならび、ケツを突き出し、先輩の竹刀を待っていた。

 だんだん自分の方へと近づいてくる竹刀がケツを強襲する音に、胸はドキドキ鳴り響き、両手は汗で湿っていた。

パチィ〜〜〜〜〜ン!

と、隣の角田のケツに、岡本先輩の竹刀が飛んできた音だった。角田から、右手をギュッと握られ、角田の左手をギュッと握りかえす、下田だった。

 そして、誰とも手を握ってない、自分の左手もギュッと握り、自分もぶっとばされないよう足を踏ん張りなおし、身構えるのであった。

パチィ〜〜〜〜〜ン!

 ケツを襲う、ものすごい衝撃と、瞬時に伝わってくる熱い焼けるような痛みの第一波に、思わず目を瞑る下田だった。

 衝撃は一発だけだが、その後のケツの痛みがしばらくはジリジリと下田を襲う。これがケツ竹刀のツラサである。

「マジ、痛てぇ〜〜〜!」

と、思いつつも、すぐにはケツをさすることは許されなかった。

これでやっと今日のシゴキは終わった。一年生たちがそう思ったときだった。いつもは「仏」の森先輩が、

「岡本!俺にも、竹刀を貸してくれ!」 

と言うと、岡本から竹刀を奪い取るようにして、竹刀を握ると、下田の後ろへと近づいて来たのだった。

「下田!わかってんのか!お前のせいで、同期の奴等がみんなケツ痛い思いしてんだぞ!」

「オッス!」

「これは、同期からの一発だと思え!」

そう言うと、

パチィ〜〜〜〜〜ン!

と、いきなり、下田のケツに特別の二発目を食らわせたのだった。目から火花が散り、思わず、あまりの痛さに気が遠くなりそうになる下田だった。しかし、根性で、

「ありがとうございました!」

と、大声で叫ぶ勇実だった。

その気合に、

「よし!」

と満足げに頷く、森先輩。

  そして、隣の角田は、一年生全員からの「よし!よくがんばった!」のメッセージを代弁するかのように、再び、下田の右手をギュッと握るのだった。もちろん、下田は、角田の左手をギュッと握り返したのだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 やっとシゴキが終わり、先輩たちは、まだ痛むケツの下田たちに正座をさせ、締めの説教で、気が済むまで下田たちを怒鳴りつけて帰っていった。

  ケツの痛みで、まともに正座もできなかった下田たちは、先輩たちがいなくなると、自らのケツをいたわるかのように、立ち上がることもせず、そのまま両手を畳につき、四つん這いのような格好をとるのだった。

  岡本先輩の超ど級のケツ竹刀を食らって、一年生全員、まるでケツが痺れるようだった。そして、カァ〜〜ッとケツが燃えるようにまだ熱かった。

 特に、二発を食らった下田は、ケツにちょっと触れただけで、ズキンと痛み、ケツを撫でることもできなかった。

 柔道場に残った一年生たちは、四つん這いの姿勢から、全員、ケツを上にして、

「ああ、疲れたぁ〜〜〜!」

と、うつぶせに倒れこんでしまうのだった。

  しばらくは、だれも口を開くものはいなかった。高校生運動部員の得意技!いつでもどこでもすぐに眠れる、瞬間超爆睡法で、鼻息を立てているものもいた。

 初陣である新人戦の緊張感と、そのあとのシゴキで、もう中島たちはクタクタだったのだ。

 どのくらいたったのだろうか。十分間もたっていなかっただろうが、中島たち高校一年生には、随分と長く感じられた。

 やっと、中島が、うつ伏せに寝たままで、

「俺たちさぁ〜。柔道では、弱ぇ〜けどさぁ〜。結束力では、先輩たちに絶対負けない『代』にしよぉ〜ぜ!」

と、下田たちに向かっていうのだった。寝ていたと思った同期の連中も、すぐに、

「おお!そうしようぜ!」

「そうだな!鉄の結束だ!」

「そうだ!そうだ!」

と、それに応えるのだった。

 その中島の一言で、再び元気を取り戻しのか、一年生たちは、次々に立ち上がると、ワイワイ・ガヤガヤ、シゴキの「エクセサイズ」とケツ竹刀でかかされた汗を流すため、シャワー室へと向かうのであった。

 しかし、下田は、その集団のなかになんとなく入りそびれていた。

「自分のために・・・・」

そんな自責の念に苛まれている下田だった。

 下田が遅れているのに気がついて、ヤンチャ坊主だが、十人のなかでは一番気の利く、角田が、

「勇実!なにしてんだよ!早く来いよ!シャワーにいこうぜ!」  

と、戻ってきて、下田の肩に手をまわすと、ヘッドロック状態で、強引に自分たちの真ん中に連れてくるのだった。

 それに気が付いた他の面子も、

「そうだよ!気にすんなって!」

「そう!俺たち、全然気にしてないからさ!お前のせいで負けたとは思ってねぇ〜から。」

「そうだよ!先輩も監督も、ちょっと言いすぎだと思うぜ!」

「ドンマイ!ドンマイ!」

「お前は本当の初めてだったんだから気にするなって!」

「そうだよ!俺だって、中学で初めての試合の時は、ビビって震えがとまらなかったぜ!」

 下田は、みんなが、自分に気を使ってくれているのが、うれしくて涙がでてきそうだった。しかし、胸がいっぱいで、

「あ、ああ・・・・」

としか言えなかった。

 下田を取り囲むようにしてワイワイ・ガヤガヤ男子シャワー室へと向かう柔道部の一年生たちだった。

  高校運動部の男子シャワー室 は、シゴキの疲れを癒す男たちのオアシスであると同時に、男として人には見せられない、試合に負けた青春の悔し涙を、誰にも知られずに流し、そして、洗い流す場所だった。

  一緒に罰を受けてくれた上、自分を責めることは全くなく、やさしく迎えてくれた仲間のありがたさに、下田は、シャワーに打たれながら、男泣きに泣いたのであった。

  もちろん、シャワーの中でも、ワイワイ・ガヤガヤと、下田が泣いていたことに気が付いた者はいなかった。

 そのうち、角田が、写真部で一番高級な、防水性カメラを自慢げに持って、シャワー室へやってきた。

「角田!お前、どこ行ってたんだ!」

と、まるで兄貴のように嗜める中島。

「部室だよ!写真部の!みんな、並んでくれ!記念撮影しよーぜー!」

と、シャワーを浴びている連中に指示する角田だった。

「カメラ持ってきたのか!」

「隠し撮りすんなよ!」

「怪しいよ、角田!」

「投稿すんなよ!」

「バァ〜〜か、ケツに痣がついた野郎の写真をどこの誰が見るんだよ!ギャグ!ギャグ!さあ、並んで!」

「あやしいよ、あいつ女子シャワー室、激写するつもりだったんじゃねぇ〜!」

「フォーカス角田だよ!」

と、大爆笑しながら、中島たちは並ぶのだった。もちろん、中島に手をグイッと引かれて、下田は、中島の隣で真ん中に並ぶのだった。

「はい!全員!回れ右!」

「なんだよ!前とるんじゃねぇ〜のか??」

「バァ〜か!チンコが見えたら、ヤベーだろ!」

「なんだよ!ケツ撮るのかよ!」

と、口々に文句をいいつつも、角田の指示に従う柔道部一年の面子だった。

「はい、チーズ!」

「バァ〜〜〜か!ケツでどうやって、チーズするんだ!」

「ん〜〜〜そうだなぁ〜〜〜!お互いに肩組んで、ケツの穴が写らないようにケツをキュッと引き締めろ!それがチーズだ!」

 大爆笑の中島たち。笑いながら、

「はい、チーズ!」

で、ケツをキュッと引き締め、柔道で鍛えたムッチリと盛り上がるも引き締まってプリンと張りのある美ケツを、カメラのレンズの前に晒すのであった。

  後日、現像すると、湯気のために、中島たちの全体像はぼやけていたが、竹刀の赤紫の跡がクッキリとついた九人のケツの部分だけは、ケツの熱気のためか、湯気がかかっておらず、はっきりと写っていたのだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 宴会の席で、酒を飲みながら、ひとりしんみりと、その写真をながめる下田だった。

 下田には、唯一心残りがあった。それは、みんなの「ドンマイ!」に甘え、仲間に謝ることができなかったことだった。

 他の連中はもう忘れているかもしれないが、あの時、手を突いて、「すまん!」と一言謝るべきだったと、いまでも悔やんでいる下田だったのだ。

 中島が、ビール瓶片手に、酒を注ぎに来た。

「おお、この写真、角田、よくしまってあったもんだよな。俺なんか、すっかり忘れていたぜ!」

「ああ、俺もだ・・・・なあ、中島、この写真、俺がもらっていいか?」

「ああ、好きなら持って行っていいぜ!」

「サンキュ!すまない!」

 そういうと、写真を大切そうにシャツの胸ポケットに仕舞い込み、中島が注いだビールをグッと飲み干す、下田だった。



六、もう一つのシャワー室、稽古後のシャワー室は、男の社交場だ!

  新人戦の翌日、昨日の試合のことで、かなり落ち込んでいた勇実だったが、警官になった「大きい兄ちゃん」こと長男の勇一が、非番で下田道場の稽古に参加していると聞いて、勇実も稽古に参加したのだった。

  勇実が中学生としての初めての稽古で、六尺デビューを果たしてから約三年半、その間の下田道場の変化と言えば、更衣室のとなりに、シャワーと風呂が新設されたことだった。

 下田道場のシャワー室。そこは、稽古の後、ケツ竹刀の跡を比べ、連帯感を確かめ合い、誰のケツの出し方が一番男らしかったか、誰が一番きついケツ竹刀を我慢できたかを自慢しあう、「男の社交場」になっていた。

  そんなシャワー室で、稽古の後の汗をながす、勇一と勇実だった。

「城東、ことし残念だったな・・・」

「うん・・・」

  末弟・勇実の元気のない返事から、

「あ、昨日の新人戦敗退のこと、こいつ相当気にしている・・・」

と、勇一は思った。

「まあ、気にスンナ・・・」

と、軽く尻をポンと叩こうとして、勇一は、一瞬手を止めた。

  勇実の尻に竹刀の黒紫の跡が一本あることに気がついたのだ。その跡は、オヤジのケツ竹刀の跡でないことは、勇一にもすぐにわかった。あんな濃い跡ができるなんて、相当きついケツ竹刀だったことが、勇一にもわかった。負けたためにシゴキを受けたことは明らかだった。

「先輩に、気合いれられたのか?ケツ・・・」

と、勇実に尋ねる勇一。

  顔を赤らめ、

「まあ、そんなとこ・・・」

とだけいう勇実。

  ケツを殴られたことではない、自分の男としての不甲斐なさが情けなくなり、急に涙が出そうになる勇実だった。

  しかし、久しぶりであえて、一緒に剣道で汗をながせた大きい兄ちゃんに、負けた試合とその後の先輩のシゴキについて愚痴をこぼし、泣き顔を見せるのは、男らしくないと思い、その涙をグッと飲み込むと、勇実は、こんなことを勇一に言い始めた。

「あの意味がかわったんだよ!兄貴!」

「えぇ??いきなり、なんのことだよ??」

「ケツ竹刀と男の連帯感のことさ!」

「あ!」と、末弟が父親の道場で自分たち高三の練習生が師範からケツ竹刀を食らった夜のことを思い出す勇一。

「そうか!やっとわかったか、お前!お前もデッカクなったな!」

「うん!」

  やっとかわいい末弟の元気が出てきたことが勇一にはうれしかった。

「まあ、がんばれよ!」

と、尻をやさしく触れるようにポンポンと、軽く二回ほど叩き、先に風呂から出て行く勇一。入り口のところで、振り向いたかと思うと、

「おい、勇実!その勲章、かっこいいぞ!」

といい、白い健康的な歯をみせ、ニコリと笑い、出て行く勇一だった。

「ああ!連帯の証!だよね!兄貴、ありがとう!」

  なんか、兄貴に男として対等に扱ってもらったようで、すごくうれしく、「やったぁ〜!」と叫びたい気分の勇実だった。

七、男泣き下田、ありがとう、みんな!

「あ!勇実!こいつすぐ寝ちゃうんだからな・・・」

「さあ、下田、起きろ!いくぞ!お開きだ!」

「こいつ酔いつぶれてるよ!」

「酒弱ぇ〜〜よ、下田!」

「だれかおんなじ方向のヤツいないの!」

「こいつどこだっけ?どこ住んでるの?」

「牛田!伊勢崎急行だよ!」

「え!あいつまだ千住のあのオンボロアパートに住んでんの??」

「ひぇ〜〜〜、ぶっ壊れたんじゃねぇ〜の、あのアパート?」

「あんな汚ねぇ〜ところに住んでるから、いつもでたっても嫁さんこないんだよ!コイツ!」

「あ〜あ、みんなありがとう・・・すまなかった・・・・いしょに・・・いっしょに、ケツしな・・・ムニャムニャ」

と、酔いつぶれた下田が寝言のようなことをブツブツ言い始めた。そして、下田の頬には、涙がつたってきていた。

「おい!下田・・・どうしたんだ??」

「泣いてるよ!こいつ飲むと泣き上戸なのか・・・」

「おい!起きろ下田!」

  同じ方向の杉崎の肩にやっとのことでもたれかかり、フラフラした足取りで帰路に着く下田。

 高校の柔道部の仲間に囲まれると、いつも安心して酔いつぶれる下田だった。そして、高校時代の夢を見ては、夢の中で泣く下田だったのである。

おわり

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