「色柄を持たないパンツはく山崎すぐると、彼の担任の中村大悟」
〜 すぐる・大学時代編 〜
1.帝都理科大学・理学部・数学科1年生、山崎すぐる
1999年4月、桜の花びらが舞う帝都理科大学のキャンパスに、山崎すぐるは足を踏み入れた。受験や合格発表、そして入学手続きでは何度か訪れたキャンパスだったが、学生としては初めてであった。入学式は前日に別の場所ですでに済まされており、今日はガイダンスと健康診断のための登校である。
「大悟兄ちゃんと同じ大学。やっぱり嬉しいなー。サークルとかどうしようかなあ」
すぐるは憧れの大悟兄ちゃんと同じく、ラグビー部に入ってみたいと密かに想っていた。でも、ラグビー経験のない自分にはやっぱり無理かなあという思いもあって、迷っていた。
サークルのことを考えながら歩いているすぐるの背後から、ふいに、
「すぐる、おはよっ!」
と声がかかった。声の主は、河田敦(あつし)である。すぐると同じ数学科の1年生で、入学式の時にたまたま近くに座っていたことがきっかけで、すでに顔見知りになっていたのだ。
「あ、あつし君、おはよう。ガイダンス一緒に受けようか」
すぐるの誘いに、敦も応じる。
「いいね。行こう行こう。あと、今度サークルの見学も一緒にしない?」
今度はすぐるが応じる。
「うん。今ちょうどサークルのことを考えてたんだよねー。高校の時は陸上部だったから、大学でも陸上しようかなあとか。でも、ラグビーにも興味があって」
それを聞いた敦はにっこりしながら、
「お、そうなんだ! 俺も高校で陸上やってたんだよ。長距離の選手でね。じゃあ一緒に陸上部を見に行って、その後、ラグビー部も見に行ってみるか」
すぐるはうなずいて、
「あつし君も陸上やってたんだねー。僕は中学の時の数学の先生に勧められて、高校から陸上始めたんだよ。その先生もここの数学科出身で、ラグビー部だったんだー」
と、大悟のことを語り出す。敦が「ははあ」と感づいたような表情をして、
「すぐるはその先生にすっごく憧れてるんだなー。 ラグビーに興味持ってるのも、先生への憧れなんだろ?」
と言うと、すぐるは図星をつかれた照れくささからか、少しだけ顔を赤らめながら、
「いや、別に、そういうわけじゃないよ」
などと誤魔化した。敦は笑いながら、
「照れなくてもいいのに。そこまで尊敬できる先生がいるなんて、素敵じゃん」
と言った。すぐるは内心ではとても嬉しくて、「そうそう、大悟兄ちゃんはすっごく素敵なんだよ(^^)」と思っていたが、特に表には出さなかった。
その後は、とりとめもない話が、ガイダンス会場である6号館の201講義室へ到着するまで続いたのだった。
2.健康診断
ガイダンスが終わると、すぐると敦は、健康診断を受けるために、受付場所として指定された体育館へやってきた。さっそく、受付に座っていたのはアルバイトの学生から検診票を受け取って、説明を受けた。項目は、身体計測(身長・体重・座高),血圧,検尿,視力,聴力,胸部レントゲン.心電図,内科検診であった。服装はジャージ等の着脱の容易なものへ着替えることになっており、そのことはすでに知らされていたので、学生たちは各自で持参していた。着替え場所としては、体育館の中にあるロッカールームが開放されていた。
説明を聞き終えた2人はロッカールームへ向かった。ちょうどロッカールームに他の学生の姿は無く、2人だけであった。すぐるは内心で、「ああ、あんまり人がいなくて良かったー」と思った。
ここで着替えをするにあたって、すぐるには懸念があった。それは、彼の穿いているパンツに関わることである。
白ブリーフを好む彼であったが、高校時代には“世を忍ぶ仮のパンツ”であるトランクスを併用していた。学校で着替えなければならない日には必ずトランクスを穿いていっていたのである。ところが、高3のある日、大悟兄ちゃんからの“もみじスタンプ”の見せ合いっこを木村真司とした際、すぐるの白ブリーフを見た真司が発した「信念の男」という言葉が彼の心を動かした。「信念の男」と呼ばれて、嬉しさと同時に後ろめたさを感じたすぐるは、高校卒業と同時に、“世を忍ぶ仮のパンツ”ことトランクスと決別し、白ブリーフオンリーで生きていくことにしたのだった。したがって、この日のすぐるのパンツも、もちろん白ブリーフであった。
ただ、大学で着替えるときに白ブリーフを晒すことについては、やはり不安があった。さすがに白ブリーフなど穿いているのは自分くらいだろうし、からかいや辱めを受けることにならないだろうかという危惧がすぐるの中にはあったのである。今、まさに、初めて大学で着替えを行うときを迎え、すぐるはかなりドキドキしていた。そして、ロッカールームに敦以外に誰もいなかったのは好都合であった。とはいえ、敦には白ブリーフを見られることになる。すぐるは覚悟を固められず、ロッカーの前でしばらく固まっていた。
ふと、すぐるの耳に
「すぐる、早く着替えろよー」
と、敦の声が入ってきた。我に返ったすぐるは、
「ご、ごめん。早くするね…」
と応じながら、敦の方へ目をやった。敦はちょうどベルトを緩め終え、ズボンを下ろすところだった。
「あ、敦くん、どんなパンツ穿いてるんだろう」
という好奇心に駆られたすぐるは、そのまま敦の方を見続けた。薄い茶色系のシックなズボンが下ろされるとともに、白い綿の生地が見え始める。その面積は少しずつ増大し、やがて敦の左臀部をやさしく包み込む全貌が露わになった。
「え!? ちょ!?敦くんも、ブ、ブリーフ!?」
すぐるの驚きをよそに、敦はさっさとジャージのズボンを穿いてしまった。前屈みになると、ジャージのケツの部分には、あの斜めのラインがしっかりと浮かび上がる。
「なーんだ、敦くんも白ブリーフだったんだ! じゃあ、緊張しなくていいや」
すぐるもようやく着替えを始める。ズボンを下ろしてからジャージを穿くまでの間はドキドキしたけれど、何も起こらなかった。もちろん、からかわれることはなかったのだが、
「おお、すぐるもブリーフなんだな!」
という反応を敦がしてくるのではないかと密かに期待していたのを裏切られて、すぐるは少しだけ寂しかった。そして、着替えを進めながらも心の中で、
「でも、敦くん、珍しいなあ。まさか他にブリーフ穿いてる子がいるなんて、思いもよらなかったな。敦くんもブリーフ好きなのかな。いつもブリーフなのかなあ。引き締まった身体で、よくブリーフ似合ってる(^^)」
などと考え続けていたのであった。
敦はこざっぱりした好青年で、髪を短く刈り上げて、メガネをかけていた。体格はどちらかというと小柄な部類ではあったが、陸上で鍛え上げてきただけあって、引き締まった身体をしていた。
着替えを終えた2人は順に健康診断の項目をこなしていった。当然ながら途中でズボンを脱がなければならないようなことは無かった。すべてを終えて再びロッカールームに戻ると、偶然にもまた2人きりであった。今度はすぐるも躊躇いなく着替えることができた。もちろん、敦の白ブリーフを密かに観察することも忘れなかった。
3.大学での初講義は…
「ああ、大変だ、やっぱり間に合わないや…」
大学の最寄り駅のホームへ滑り込む電車の中で、すぐるはつぶやいた。今日からいよいよ講義が始まる。1限目の必修科目〈代数学序論〉の開始は午前9時だが、腕時計の針はすでに8時56分を指していた。駅の改札を出てから、講義室へたどり着くまでに、どう急いでも15分以上はかかってしまう。この時点ですぐるの大学への初講義への遅刻は確定である。
「あと10分早く出てこなきゃいけないな。あの電車に乗りそびれたのがダメなんだから。今度から気をつけなきゃ…」
そんなことを思いながら、早歩きで講義室へ向かうのであった。
すぐるが講義室の扉を開けると、すでに講義は始まっているようだった。時計の針は9時16分を指していた。教壇には50代後半の教授が腕組みをしながら立っていて、その横には何人かの学生たちも並んで立っていた。
「あ、今入ってきた君、こちらへ来なさい」
すぐるが入ってきたことに気づいた教授は、すかさず声をかけた。すぐるはドキドキしながら講義室の前方へと歩いていき、他の学生たちと一緒に並んで立った。
「これで全員揃ったな。まったく。もう10分も過ぎておる。つくづく時間がもったいない」
すぐるたち、〈立ちんぼ〉になっている学生たちの前を左右に歩きながら、教授は話を始めた。
「わしの講義は定刻主義でやっている。やむを得ない事情がある場合を除いて、遅刻は認めない。諸君らの中で、何か事情があったという者がいれば、言いなさい」
誰も手を挙げないのを見ると、教授は大きくうなずき、そして言葉を継いだ。
「やむを得ない事情のある者は居ないようだな。では、お仕置きを受けてもらうことにしよう。私と、きちんと時間通りに集合した学生たちの貴重な時間を無駄にさせたのだからな」
教授の口から「お仕置き」という言葉が発せられると、すぐるのドキドキはますます強まっていくのだった。それは羞恥心と好奇心と恐怖心が織り交ぜられたドキドキであった。
「黒板の桟に手を付いて並びなさい」
すぐるたち数名の学生は、言われるとおりに、手を黒板の桟に付いて並んで立った。桟の高さは絶妙で、自然と尻をギャラリー –他の学生たち- の方へ突き出す状態となった。すぐるは、これから受けることになるお仕置きが何なのかを悟った。そして、好奇心が薄れると同時に羞恥心がぐんぐんと増大し、顔が紅潮するのを感じた。大学生にもなって、「あのお仕置き」を受けなければならないなんて、それは猛烈な羞恥であるのは言うまでもない。
「大学生になれば、諸君は〈学生〉と呼ばれる。〈学生〉は自律しなければならない。自分で自分を律することができないようなことでは困るのだ。約束の時間を守ることは、その第一歩ではないか。違うかね?」
黒板の桟に手を付き、お尻を突き出している情けない隊列の中で、一番右端にいた学生に教授は問いかけた。その学生が「はい。すみませんでした…」と答えると、教授は頷き、
「時間にルーズな君たちは、〈学生〉と呼ぶにはまだ早いようだ。残念ながら、小学生みたいに〈しつけ〉をする必要がありそうだ。今から〈お尻ペンペン〉の刑を執行する!」
そう言い終えるとすぐに、教授の右手に握られた50cmの竹製物差しが、先ほど返答した学生の尻を直撃した。引き続き、その左、そのまた左と、〈学生になりきれない学生たち〉の尻に物差しが炸裂していった。決して強く打っている訳ではなく、痛みはそれほどでもなかった。だが、羞恥心はやはり相当なものであって、すぐるも含めてすべての学生たちは、止めどなく湧き上がってくる羞恥心と闘わなければならなかった。
「さてと。これで〈お仕置き〉は終了だ。今の痛みと恥ずかしさを心に刻み、今後はきちんと時間を守るように。では、講義を始めるから、速やかに着席するように」
こうして、すぐるの大学での初講義は、後々までも忘れられないものとなったのだった。
4.米田(よねだ)教授のスパルタ講義
米田教授の講義は、大学生を対象としたものとしてはかなり厳しいものだった。以下のような事柄が、最初の講義で学生に通達された。
一.レポートの提出は遅延すべからず。
遅延した場合、点の減点に処す。また、8日以上遅延した場合は受け取らない。
米田教授は、講義の最後に毎回レポート課題を出題し、締め切り日までに提出することを求める。遅延した場合には減点となるのだが、この減点は指数関数的に増大する。1日程度の遅延であれば、何かと事情もあるだろうから大目に見るが、日数が遅れれば遅れるほど、厳しくなっていくというシステムである。
締切から8日以上遅延したレポートは一切受け取ってもらえず、0点扱いとなる。
一.講義へは遅刻すべからず。
遅刻した場合、〈お尻ペンペン〉の刑に処す。回数は
回とする。
前15回の講義のうち、7回以上遅刻した者は履修放棄扱いとし、単位の修得を認めない。
米田教授の講義への遅刻は厳禁である。遅刻者は、先ほどすぐるたちがされていたように、〈お尻ペンペン〉の刑を受けなければならない。その回数はやはり指数関数的に増大していくのであるが、底は2 ではなく、 となっている。
〈お尻ペンペン〉の刑で遅刻が許されるのは6回までであり、7回以上の遅刻をした者は、自動的に履修放棄扱いとなるのだった。
一.講義中は静粛にすること。講義内容に関わる相談等を除き、私語は厳禁とする。
一.講義中に飲食したり、携帯電話等の通信機器を操作することは禁ずる。
一.講義中の居眠りは禁ずる。どうしても体調が優れない場合は、申し出て保健室へ行く
一.私語,飲食,通信機器操作,居眠りで2回以上注意された学生は退室させ、欠席扱いとする。
米田教授は私語・飲食・携帯電話の操作・居眠り等にもたいへん厳しく対処するのだった。1回目は注意だけで終わるが、2回目の注意を受けた段階で強制退去処分となり、その日は欠席扱いとなるのだった。
一.レポート課題に取り組むに当たって、他学生等と相談することは構わないが、最終的には自分の力で作成すべし。
まったく同一の内容のレポートが提出された場合、双方を0点扱いとする。
インターネット上の情報をそのまま丸写ししたレポートは、評価しない。
他学生のものを写したり、ネットで調べたものをそのままコピー&ペーストしたりして、手抜きレポートを提出する学生にも米田教授は厳しい。コピー&ペーストはすぐに判明し、はじかれる。また、他学生のものの写しについては、関連学生全員が0点となる。(つまり、写した側も写された側もともに0点となる)
「なあ、米田さんの授業、厳しすぎるよな」
「ほんと、ほんと、レポート写された方も0点とか、管理に気をつけなきゃ」
「安心しろ、お前のレポートなんか誰も写さないから(笑)」
「毎回レポートあるのもキツイよなあ。しかも1日刻みで減点だし…」
「こんな厳しい授業が1限で、しかも必修ってのがもう…」
「どうせ2限空いてるんだから、2限にしてくれりゃいいのに」
「ってか、大学生にもなって〈お尻ペンペン〉ってなんなの(笑)」
「今どき、小学生でもあんなことされてないんじゃないの」
「お前、6回遅刻しろよ。見てみたいわ。お尻ペンペン56回の刑とか(笑)」
米田教授の初講義を終えた学生たちは、その厳しさについてああだこうだと言い合っていた。そして、さすがは数学科の学生である。話題は遅刻回数から打尻回数を定める指数関数の底 へと移っていった。
「なんであそこ
なんだろ」
「気になるよな。どんな意味があるのか」
「意外と適当だったりして(笑)」
「いやいや、米田さんは数学科の教授だぜ? そんな適当なんてことないだろ」
「じゃー、なんの意味があるんだよ」
「そ、それは、分からないけど」
すぐるも、なぜ底が
なのか考えていたのだった。そして、頭の中にフィボナッチ数列とか黄金比のことが浮かんできたので、隣にいた敦に話を振ってみた。
「ねえ、敦くん、あれって、フィボナッチ数列とか黄金比とかに関係あるんじゃないかな」
「うーん、そうなのかな」
「確か
が出てくるよね」
「うん。でも、黄金比なら
じゃなくて
だよね。」
「確かに、 黄金比は
だね」
「フィボナッチ数列の一般項も、特性方程式が
だから、結局は黄金比と一緒だし」
「そっか。じゃあ、 単独だとちょっと違いそうだね」
結局、この時点では、すぐるも敦も、他の学生たちも、その理由を解明するには至らず、この謎はもうしばらく持ち越されることとなった。